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論考 / 電力小売

電力小売の競争を需要家の価値につなぐ

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目次

電力小売の成長余地は、需要家の費用とリスクを改善し、その対価を継続的に得る経営にある。需要家が必要な電力を、許容できる費用とリスクで使い続けられるようにする。そのために、日々の供給契約から料金、調達、設備、運用の分担を組み直す。

経営資源を向ける先は三つある。顧客ごとに費用とリスクを引き受けるサービスを設計すること。各社に共通する仕事を効率化し、顧客固有の判断へ人を回すこと。そして、需要家の使い方と供給側の運用を合わせ、電力システムの実コストを減らすことである。いずれも、顧客が得る便益と小売の収支を両立させて初めて、継続する事業となる。

小売の生産性を問い直す

販売量を基準に見ると、小売の生産性は下がった可能性がある。全面自由化直前の2015年度と2024年度を、両年とも旧一般電気事業者と新電力を含めて比べた。販売量は約837TWhから819TWhへわずかに減る一方、小売関連の社内人員は約1.4万人から2.1万人へ増えたと推計される。その結果、一人当たり販売量は約61GWhから39GWhへ下がる。 [1] [2]

公表人数と補完仮定に基づく粗推計である。外注やサービス内容の変化は調整していない。顧客の費用やリスクを改善する仕事にも人手は要る。問うべきは、増えた仕事が需要家の価値に結び付いているかである。契約獲得や各社に共通する事務の負担が膨らんでいないかを点検し、顧客固有の判断と需給の改善へ資源を向ける。業界全体で担う仕事の配分を変えることが、生産性を高めるための経営課題となる。

図1 自由化前後の販売量と社内推計人員

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図1 自由化前後の販売量と社内推計人員 2015年度と2024年度を3つの零基準の棒グラフで比較する。左は販売電力量で837.3TWhから819.1TWh。中央は小売関連の社内推計人員で1.37万人相当から2.09万人相当。右は販売量を社内推計人員で割った比率で60.9GWh/人相当から39.2GWh/人相当。2015年度は灰青色、2024年度は青。両年度とも新電力を含む供給主体の基準ケースで、人数は配賦・補完を含む粗推計。実測FTEではなく、外注・労働時間・サービス内容は未調整。

両年とも旧一般電気事業者と新電力を含む基準ケース。人員は公表資料から配賦・補完した粗推計。電力事業ナビによる算定に基づく。

供給契約から費用とリスクの分担を組み直す

小売が顧客に提案する価値は、料金の安さに加え、事業や暮らしを続けられる見通しである。請求額の急増が経営を圧迫する工場と、価格変動を負担しても平常時の購入費を抑えたい工場では、適した契約が異なる。顧客が何を守り、どの変動まで負えるかを起点に、小売が引き受けるリスクと、その対価を決める。

例えば、予算の大幅な超過を避けたい工場には、継続して必要な電力量をどう調達し、価格の変動をどこまで抑えるかを合わせて提案する。運転時刻を変えられる工程には、その協力による便益の配分も盛り込める。価格を保護する部分と、時間価値を反映する部分を組み合わせる契約は選択肢の一つだ。時刻を動かせない工程では、その変更によるDR収入を見込まず、調達条件や設備効率の改善を比べる。追加の対価を払って変動を抑える案と、変動を自ら負う案を、顧客が選べる形にする。 [3]

設備更新が必要なら、資金、技術保証、運転保守を誰が担うかも選択に加わる。国内では、Kenesが設計・資金調達から運転保守までをまとめる一方、電気・ガスの調達は原則として顧客に残している。DaigasエナジーのESCOは、事業者が資金を調達する方式と、顧客が資金を調達して効果保証を受ける方式を用意する。資金と技術保証を分け、顧客の投資余力に合わせて選べる。 [4] [5]

もう一つの条件は、約束した成果を実現する権限を持つことである。英国のZero Billsは、適合する住宅・機器と、保守・接続の継続などを料金の約束に結び付けている。Amerescoの成果契約は、天候や稼働条件の補正と、未達時の対応を定める。設備や運用へ関与できる範囲、計測方法、故障・交換の責任を、顧客への約束と対応させる設計である。 [6] [7] [8]

表は左右にスクロールできます

表1 顧客への約束と事業者の負担を対応させる
経営上の選択 設計内容 小売が決める事項
設備と運転保守をまとめる Kenesは設計・資金調達・建設・運転保守を受託。標準15年。電気・ガスは原則顧客が用意 設備契約と供給契約の期間、調達する主体、解約時の精算
資金と性能保証を分ける DaigasエナジーのESCOは所定条件の省エネ効果を保証。資金は事業者または顧客が調達 顧客の投資余力、保証する性能、運用条件
料金の約束と運用権限を対応させる Octopus Zero Billsは適合住宅・機器、保守・接続、排他的DR契約権等を条件に5年または10年の対象料金をゼロにする 使用上限とEV別課金、故障・交換の負担、顧客の裁量
検証と未達対応を契約に入れる Amerescoは契約所定の補正を行い節約を評価。未達時は設備修正や補償等で対応する 基準線、操業変更時の補正、検証費と未達時の負担

各社の公表資料に基づく。設備サービス・ESCOも小売の提携先として比較した。 [4] [5] [7] [8]

小売が全てを内製する必要はない。設備・保守・金融を担う提携先と分担し、供給契約を含む案件全体で顧客の便益と自社の採算をつくる。熱源の更新なら、現状維持、自社資金による更新、設備と保守を外部へ委ねる案について、契約期間中のエネルギー購入費、設備費、保守費、資金負担を比べる。設備やサービスの対価を払った後も顧客に便益が残り、小売が追加業務と保証負担を回収できる案を採る。

共通の仕事を効率化し顧客ごとの判断へ人を回す

顧客の費用とリスクを改善するには、設備と活動を理解し、契約後も運用を見直せる人材が要る。各社が同じ公開情報を探し、改定前後を照合し、複数の形式へ転記する仕事には、共通化の余地がある。その目的は、顧客に合う契約や調達を選ぶ仕事へ、専門人材の時間を戻すことにある。

共通化の採否は、利用企業と基盤を運営する側の費用を合わせて決める。ノルウェーの計量・精算等の基盤Elhubへの2025年の外部監査は、費用効率を概ね良好と評価しつつ、償却を除く運用費の計画超過やベンダー依存などを指摘した。共通基盤にも、継続的な改修、品質の監視、委託先の管理を担う人が要る。 [11]

制度改定の確認業務なら、内製を続ける案、外部サービスを使う案、共同運営する案を比べる。原典と適用時期が追え、変更箇所と解釈を分けられ、誤りを訂正できることを共通の品質条件とする。利用料に加え、導入、移行、更新の確認、退出にかかる費用まで含めて、総費用が下がる案を選ぶ。基盤側の責任者と利用企業が最終判断を担う範囲も定める。

着手しやすいのは、公開情報や定型業務の標準化・共同利用である。顧客ごとの営業判断、非公開の料金戦略、調達方針は各社が独立して管理する。公正取引委員会の指針が区別する一般情報と競争上重要な情報を踏まえ、共同で扱う業務と参加条件を決める。 [12]

電力事業ナビは、公開情報を整える取組の一例である。その中心に置く考えは、「電力事業に必要な公開情報と実務上の論点を共通基盤として整え、各社が情報の追随に費やす力を、需要家への価値創出へ振り向けられるようにする」というものだ。この構想では、情報を探す時間、見落とし、再作業に加え、省けた時間を顧客対応や改善提案へ振り向けられたかを評価する。共通化に投資する際は、省けた時間の使い先まで予算と人員計画に織り込む。

需給最適化の実コスト削減を需要家へ還元する

小売は需要家との接点を使い、電力システムの費用を減らす事業にも取り組める。需要を高コストの時間から移せれば、燃料消費や起動停止を抑えられる。地域と時間に合う応答を継続できれば、設備の増強を避ける選択肢も生まれる。共通業務の効率化と並行して、需要家の使い方と供給側の運用を合わせる投資を育てる。

IEAのタイ2030年の系統モデルでは、需要柔軟性による運転費削減が基本ケースで約9%、高柔軟性ケースで約11%と試算された。燃料や起動停止などの費用を減らせる可能性を示す一方、導入・制御費は別途加える計算である。自社案件では、設備費、劣化、制御後に戻る需要、系統制約を織り込み、同じ信頼性を満たす代替案と比べる。 [13]

必要な機能を得る費用が下がるなら、電力量が増える案も選択に入る。燃料を使う工程の電化では、購入電力量が増えても、必要な熱を得るための総エネルギー費用が減る場合がある。設備費、効率、接続増強、保守を含めた熱量当たりの費用で、顧客に合う案を選ぶ。 [14]

利益を生むには、需要家が応答を続けられる条件も欠かせない。英国EQUINOXはヒートポンプの柔軟性を試し、快適性と報酬を検討した。第3試験の質問票では88%が快適性への影響を「なし」または「軽微」と回答したが、初期の報酬は通常事業で支払える水準を上回った。運転条件を守りながら参加を続けてもらえる報酬と、その原資を同時に設計する必要がある。 [15]

市場から得る報酬は、小売や参加者の収入となり、支払う側には負担が生じる。燃料、設備、運用に使う資源がどれだけ減るかを別に計算し、社会全体に残る便益を評価する。排出量を約束する案件では、使用時刻の電源構成と充放電損失も評価する。 [16] [17] 追加費用を払った後に残る便益を、料金、保証範囲、参加報酬へ配分する。非参加の需要家が負担する費用も含めて、事業を拡大する条件を決める。

顧客の成果に人員と資金を配分する

次の投資計画では、契約の獲得と、契約後の費用・リスクの改善に使う人員、外注費、設備資金を並べて判断する。営業・調達・運用・財務が共同で、顧客への約束と引き受ける損失を確認し、複数顧客の対応が重なっても維持できる案件を選ぶ。

サービスの設計は、合意した活動・品質を守り、追加の対価に見合う便益を顧客へ届けられるかで選ぶ。共通化は業務全体の品質と総費用、需給最適化は回避する実資源費用を基準にする。顧客に便益が残り、小売にも引き受けるリスクに見合う収益が残る案件に、責任者と予算を付ける。その積み重ねが、小売各社の力を需要家への価値創出へ向け、業界の生産性を需要家の費用とリスクの改善へ結び付ける。

データと出典

  1. 資源エネルギー庁『電力調査統計』2015年度3-(1)需要実績、3-(3)用途別需要実績、2024年度。 原典
  2. 電力事業ナビによる算定。東京電力『2016年3月期有価証券報告書』10頁、2015年託送料金審査の中部電力資料2頁・中国電力資料7頁、藤井秀昭の企業情報調査(2016年)72〜77頁、料金制度専門会合第36回資料812・17・20頁、各社有価証券報告書等。 原典
  3. Borenstein(2007)“Customer Risk from Real-Time Retail Electricity Pricing: Bill Volatility and Hedgability”。 原典
  4. 関電エネルギーソリューション『ユーティリティサービス』とFAQ。 原典
  5. Daigasエナジー『ESCOサービス』。 原典
  6. Octopus Energy “Zero Bills Homes”。 原典
  7. Octopus Energy “Smart Tariffs Terms and Conditions”、2.11・2.12・2.14。 原典
  8. Ameresco “2025 Form 10-K”, Item 1, Customer Arrangements、4頁等。 原典
  9. 経済産業省・東京商品取引所(2025年2月)『電力先物におけるヘッジ会計適用に関する報告書』3〜6頁。 原典
  10. Bank of England・HM Treasury(2022年10月17日)“Energy Markets Financing Scheme”。 原典
  11. RME委託 Vista Analyse・Vali(2025)“Ekstern revisjon av kostnadseffektivitet i Elhub”、8〜17・41〜52頁。 原典
  12. 公正取引委員会『事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針』第9、9-1・9-3。 原典
  13. IEA(2026)“Scaling Up Demand Flexibility”、41〜43頁。 原典
  14. IEA(2025年12月9日)“Can low-temperature heat in factories be electrified competitively?”。 原典
  15. National Grid Electricity Distribution(2026年3月)“EQUINOX Close Down Report”、5〜9・23・56・66〜74頁。 原典
  16. Borenstein(2005)“The Long-Run Efficiency of Real-Time Electricity Pricing”。 原典
  17. Hittinger・Azevedo(2015)“Bulk Energy Storage Increases United States Electricity System Emissions”。 原典